振動によるFraser-Wilcox錯視の錯視量増大
Fraser-Wilcox錯視は、1979年にFraserとWilcoxによりNatureで
発表された錯視である。静止画であるにもかかわらず、単に眺めて
いるだけで動きを感ずる錯視である。動く方向は、絵柄によって
決まる特定の方向である。
Reference
松下戦具, フレーザー・ウィルコックス錯視の近年の研究動向,
大阪大学大学院人間科学研究科紀要. 41 P.213-P.228,2015.
https://ir.library.osaka-u.ac.jp/repo/ouka/all/57257/hs41_213.pdf
しかし、その錯視量は一般に小さいため、周辺視で見るなどちょっとしたコツ
もあるので、この錯視が見えない人もかなり存在する。
立命館大学の北岡明佳は、より錯視量が大きいデザインを種々創作し、
それらを「最適化型フレーザー・ウィルコックス錯視」と命名した。
さらにそれらをタイプⅠからタイプⅤに分類した。
これらのタイプのうち、タイプⅤ以外では、着色は錯視量を大きくする
方向に働く場合はあるが、着色せずモノクロであっても錯視を観察できる。
これに対し、タイブⅤのみは、モノクロでは動いて見えないので、
赤と青という特定の配色が必須であると考えられた。
(のちに赤と青以外の配色も可能であることがわかった。たとえば、
赤を緑に変更し、緑と青の配色も可能であることを谷中は示した。)
しかも、タイプⅤは錯視量が他のタイプに比べて大きかったので、注目を
集めた。
しかし、タイプⅤは視線を動かした瞬間や、周辺視で見た場合に
見えやすい性質がある。そういう特別な眼球の動かし方が苦手な人も
いることもあり、この錯視が見えない人も一定数いる。
そのような特別な眼球の動かし方に習熟しなくても、誰もが安定的に
見ることができないものかと思案していた矢先、谷中は、静止画を数Hzで
(すなわち毎秒6往復程度)振動させると、錯視量が格段に大きくなり、
かつ間欠的ではなく安定的に観察できることを偶然発見した。
この知見に基づき、PC画面に表示された静止画を、PC上で動作する
プログラムの働きで振動させるシステムを開発したところ、期待した
通り継続的、安定的に大きな錯視量が得られた。
Reference
Kazuhisa Yanaka, Ryuto Mitsuhashi, Teluhiko Hilano,
Automatic Shake to Enhance Fraser-wilcox Illusions,
VISAPP 2011.
https://www.scitepress.org/Papers/2011/33219/33219.pdf

以下の2枚の画像を90msずつ交互に提示すると、その下に示すように、
あたかもリングが回転しているような錯視が見える。



ここで図形(刺激)は、同心円状に配置された複数のリングで
構成されている。そのリングの1つを以下に示す

リングの各画素の色は、北岡が発表した図形を参考にして
谷中が独自に作成した。以下の図に示すように、RGB画素値は
リングの中心から見てその画素がどの方向にあるのか、
その角度の関数となる。R成分は360度にわたって明るく、
どの角度でも0になることはないので、リングは全体に赤味がかる。
B成分は角度によって明るい部分と暗い部分がある。
G成分は360度にわたって0である。

すなわち、この図形には緑成分はまったく含まれていない。
Rの波形とBの波形の位相がずれているので、もしR錐体とB錐体の
応答速度に違いがあれば、いずれかが先に、もう一方が後で
知覚されるので、仮現運動が生じ、回転して見える、というのが
現時点で谷中が唱えている「色かぶり仮説」であるが、その検証は
今後の課題である。
Reference
Kazuhisa Yanaka,Color cast hypothesis of color-dependent
Fraser-Wilcox optical illusion, ECVP 2015 Posters.
https://f1000research.com/posters/4-676
機械的振動によるFraser-Wilcox錯視の錯視量増大
ここで危惧すべき点がある。良く知られているように、PC画面は
時間軸上で離散的であり、通常、毎秒約60枚の画像が提示されている。
これを人が「動画」と感じるのは、「仮現運動」のせいであると考えられている。
さらに、PCのディスプレイは液晶ディスプレイであることが多いが、そこには
液晶の応答速度に起因する残像が存在する可能性がある。これは網膜の残像とは
また別なものである。
これらの影響を取り除くため、液晶ディスプレイは一切使わず、刺激
(錯視図形)をカラーインクジェットプリンタで紙に印刷し、これを
モーター仕掛けで振動させる実験を行い、錯視が生ずることを確認した。
Reference
Kazuhisa Yanaka, Teluhiko Hilano, Mechanical shaking system to enhance "Optimized
Fraser Wilcox Illusion Type V", Perception 40 ECVP Abstract Supplement, 2011.
3色のみを用いたTypeⅤ
刺激(錯視図形)は連続諧調画像でなくても良い。
2012年に谷中は、以下の参考文献に示されているように、
赤、紫、マゼンタの最低3色あれば作ることができる
ことを示した。
これらの3色からなる縞が描かれた静止画を水平方向に
数Hzで振動させることで、縞の一方向への平行移動や
円柱の回転の錯覚が引き起こされる。ここで、円柱は北岡明佳先生の
ローラー(http://www.ritsumei.ac.jp/~akitaoka/)という作品の
配色を谷中が変更したものである。
Reference
Kazuhisa Yanaka, Use of periodic shift and color combinations to enhance illusory motion,
SIGGRAPH 2012 Posters,August 2012
https://dl.acm.org/doi/10.1145/2342896.2342923
色かぶり仮説(Color cast hypothesis)
Reference
Kazuhisa Yanaka,Color cast hypothesis of color-dependent
Fraser-Wilcox optical illusion, ECVP 2015 Posters.
https://f1000research.com/posters/4-676
この仮説は、タイプⅤが動いて見えるのはなぜかという問いに
対する、現時点での谷中の答えである。
視対象が動いていても、我々の眼球が鮮明な像を見ることができるのは、
サッケードにより視線が対象に移動し、固視により視線が対象に固定される
ためだと考えられている。しかし我々が、自分の眼球が動いて入る途中の像を
知覚することはないが、これは、それを意識にのぼらせないようにする
「サッケード抑制」などの仕組みが備わっているためと考えられている。
サッケード抑制は単に視覚情報を遮断するだけでなく、視覚系をリセット
している、すなわち「ビジュアルリセット」が行われていると仮定する。
もし3種類の錐体、すなわち赤(L)錐体、緑(M)錐体、青(L)錐体の応答速度が
異なるとすると、以下の図に示すように、たとえば赤と青のうち一方が先に、
他方が
後で知覚される。もし赤の図形と青の図形の形はほとんど同じだが
位置がわずかにずれている場合には、仮現運動が生ずると考えられる。
これが、タイプVの動きのメカニズムと考えている。
では、3種の錐体間で応答速度に差があるのだろうか?
この点については、過去に「ベンハムのコマ」に関連して研究されたようであるが、
近年はこの問題に関する研究が低調である。
そこで谷中は、RGBのうち異なる色の2個のLEDを並べ、同時に点滅し、
どの方向に動いて見えるかを実験で調べた。
ただし暗所視について調べるため、LEDは点灯時でもごく暗くなるようにした。
その結果、赤錐体がもっとも速く、青錐体がもっとも遅いという
結論が得られた
Reference
Kazuhisa Yanaka, Aoto Kurihara, Toshiaki Yamanouchi,
Motion illusion in a Specific Direction Caused by Blinking of Color LED Pairs,
41st ECVP, 2018.
典型的な赤味がかったTypeⅤの図形では、どの部分でもR成分が0になることは
ないので、Rが「色かぶりの色」である。R錐体はどの部分にも含まれており、
休むことができないので、明所では疲労・順応・飽和などにより、応答速度が遅くなる。
しかし、色かぶりの色をGまたはBにすることもでき、この場合は赤みがかって
いない配色になる。一方、暗所では、光が弱いので錐体の疲労・順応・飽和
などは起こらないので、錐体本来の速度になり、先に述べたように赤錐体が
もっとも速く、青錐体がもっとも遅い。
谷中が、色かぶり仮説に基づいて作成した刺激の例を以下に示す。
5Hzすなわち毎秒5往復で振動させている。
1枚の静止画を小刻みに左右に揺らせただけなのに、このような「動き」を
感じることができるのは、驚異的である。
赤みがかった刺激だけでなく、緑がかった刺激や青みがかった刺激も作成
可能であることが確認された。
なお、PC画面上で刺激をなるべく画面いっぱいに大きく表示したほうが、
小さく表示した場合よりも錯視量が大きいようである。また、なるべく発色が良い
ディスプレイでご覧になることをおすすめする。